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2020年 09月 07日
あの森の中にはリンゴの実る木がある。 窓際で囀る小鳥たちから聞いた話を信じて森の中に足を踏み入れた。 「ねぇリンゴってなに」 「何かしら、聞いたことがないわね」 お母さんは知らないといった。 私の作り出した新しい言葉だと思っているに違いない。 少し前にもそんな遊びをしていたから仕方ないかもね。 時々喋る犬のポンチョもリンゴは知らなかった。 ポンチョが質問をするために小鳥たちへ近づこうとするとチュチュチュと逃げ去ってしまう。 私も場合もそう。 だからいつも窓際での会話を盗み聞きするしかない。 「森には狼がいるからね。近づいちゃダメよ」 お母さんからの言いつけは沢山あって、そのうちの一つはそれ。 でもポンチョと狼は遠い親戚だからきっと大丈夫。 きっと狼は森の中に詳しくて、勉強熱心なら森の外のことも知りたいはず。 私が詳しいのは私のお家の中だけだから、きっと狼もそれを知りたがっている。 お互いにいい話し相手になると思う。 バウワウッ。 ポンチョが吠えた。 その先でガサゴソと物音が聞こえて、私の目線は釘付けになった。それは私よりも少し背の高くて日に焼けて色黒い男の子だった。 「こんにちは」 挨拶をしても彼は黙ったままその場から私のことをじっと見つめていた。 私が知り合いか誰かに似ていて、そうではなかったと気がついたのかそのまま森の中へ消えてしまった。 「リンゴについて聞きたかったのに」 結局その日は暗くなる前に家に帰ることにした。 「森の中に男の子が住んでいる」 そのことについて話をしたくても、それを話したら森に近づいたことがバレてしまうので何も言えない。 話したい気持ちと隠したい気持ちがぐるぐるしていた。 それから私はリンゴのことよりもあの男の子のことが気になった。今度見かけたら話がしたい。そう思った。 けれども森に入れる日は限られていて、親が家にいるときには森に近づくこともできなかった。 その代わりに小鳥たちが、あの男の子について何か話をするかもしれないと楽しみになっていた。 「さぁ、ポンチョ」 犬小屋を覗き込んで声をかけると必ずポンチョは心配してついてきてくれた。 私が森に行かないように阻止することはできないので、ただ黙ってついてくる。 ポンチョは同じ場所でまた吠えた。 そして、やっぱりあの男の子がこちらの様子を伺っていた。 「ねぇ、お友達になりましょう」 まずは友達から。私の提案が聞こえている様子もなく、もう少し近づいてみようと足を踏み入れた。 すると彼の方は後ずさりをして距離を取る。 もう一歩近づくとまた一歩離れる。 同じ距離が保たれたまま彼に近づくことはできなかった。 「私の言葉、わかる。私、森の中にリンゴといって真っ赤な食べ物があると聞いたの」 「アレのこと」 彼が指差すと赤い果物がぶらさがっている。 なんだかカワイイ形をしてる。 彼が会話をしてくれてからポンチョが全く吠えなかった。 ポンチョも不思議そうにそのリンゴを見つめていた。 赤いのが木に成っている。 何処にでもあるような果物と似ているけれど、赤いのもあればそうでないのもあった。 「勝手に持っていっちゃダメだよ。森にはルールがあるんだ」 「私もたくさん決まり事があるわ。紅茶には角砂糖一個だけ、おやつは一日一個だけ」 「角砂糖ってなに」 「えっ、知らない。お砂糖の塊なんだけど四角くて」 ちょうど持ってたら分けてあげよう。 そう思ったけれど、そんな都合よく角砂糖を持っている女の子がどこにいるだろう。 「あっ、ちょっと違うけど似ているのがあるよ」 ポケットの中から飴菓子を取り出して彼に渡そうと近づいた。 それでもやっぱりまだ彼は距離をとった。 「そしたらここに置いとくね。じゃあ、またね」 その場から離れて少ししたところで振り返る。 すると彼は飴を置いてあった場所でこちらを見つめていた。 「ねぇ、ポンチョ。紅茶に角砂糖は一日一個だけど、あげるのは駄目とはいってないよね」 バウッ。 「うん、そうだよね」 私はそうすることにした。 だってあんなふうに興味を持ってくれたのだから。 それからもう一度森に行くには時間がかかった。 遠くからお母さんのお友達が来て、退屈な話をさせられたばっかりに家から一歩も出られなかった。 出られてもポンチョの散歩くらい。 つまらない一ヶ月が過ぎた。 「ねぇ、今日こそ行きましょう」 バウ。 ポンチョは快く返事をして後をついてきた。 彼はこの一ヶ月どうしていただろう。 そんな話ができたらいいなとか、色んな楽しみが森の中で待っていた。 でもそう思っていたのは私だけだった。 小さな男の子が倒れていて、もう息をしていなかった。 あの話に聞く恐ろしい狼に食い散らかされてしまったのだろうか。 彼だとわかったのは飴の包み紙が落ちていることから想像がついた。 「ねぇ、ポンチョ、私のせいなの」 ハンカチに包んで握っていた角砂糖が掌から落ちて、茶色い土の塊になっていた。それを蟻が運んでいく。 全てはリンゴが始まりだった。何か別のことでもしないと気持ちが落ち着く気がしなかった。 手の届くリンゴをもぎ取って齧りついた。 胸焼けがしたかと思えば唐突に苦しくなった。 酸味が口の中いっぱいに広がって、これは食べちゃいけないと体が嫌がっていた。 でもそれに気がついたのは一口食べ終えてから。 呼吸が乱れて口から唾液が溢れ出て、体は痙攣して動けなかった。怖くて怖くてたまらない。 助けを呼びたくても声も出ない。 急に周りの森が私を歓迎しなくなった。 木々の擦れや小鳥の鳴き声、唐突に飛び出す動物の足音。 森にある全ての音が怖くなった。 ポンチョはそっと側に寄り添って頬を舐めてくれている。 それもしばらくしたらだんだんわからなくなった。 それからしばらく意識がなかった。 朦朧とした意識の中で、ポンチョが首を噛まれて投げ捨てられているのが見えた。 そしてポンチョよりも大きな。 そう、きっとあれが狼。 それが私を品定めしていた。 彼と同じ目に遭う。 それがわかった私はそっと目を閉じた。
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by bookumakk
| 2020-09-07 20:00
| 創作
2020年 09月 05日
「大人になるって何ですかね」
「いろんな大人がその答えを持っているからね、一概に何が正しいかとは言い切れない。 それらが経験から得た知識なのだとしたら、なおのこと同じ人生を歩む人はいないからね、成否は問えないよ」 「答えはないってこと」 「あるけどない。あやふやなものだよ。 なにせ僕たちは地球からしたら毛虫と変わらないからね。 無差別にかつ選り好みをしながら、自然や資源を食い散らかしてる。 それを駆除するために農薬を撒かれたり、切り離した枝ごと焼かれたりと争いの中に身を置いてる」 「地震や台風はその代表格ってこと」 「その通りさ。季節による温度の変化も弱っている生物を殺すには十分すぎる手段だ」 とにかく苦い。 もう少し砂糖が欲しい。 ただそれが言い出せないのには、甘いものが好きというのはどこか子供っぽい気がしてならないから。 「言いたいことがあるなら言うべきだよ」 彼は首を傾げる。既に答えを持っているような表情だ。 「はい」 返事はしたものの、助け舟には上手く乗り込めなかった。 もう一口だけカップの縁に唇を当てる。 冷めるとさらに苦く感じてしまう。 「君の感性は豊かなものだよ。だから、応援したい」 「ありがとうございます」 「私から言わせてもらえば君は相手の顔色を伺いすぎだ。 それではいいものは作れない。せっかくの感性を無駄にしてほしくはないね」 「だとしたら、私にはこのコーヒーも難しい話もまだ早いのかもしれません」 「そう、それでいいんだよ。それは君の絵の具でもある。 白いミルクを加えるもよし、茶色い砂糖を大量に加えたって誰も咎めないさ。むしろ君を饗したいこちらからすれば、遠慮ほど無粋なものはないさ」 彼が手を叩くと従者がコーヒーを温め直して、その側にミルクとブラウンシュガーが小洒落た容器に収まったまま添えられた。 「君が私のために描く絵も遠慮はいらない。この国の現状を事細かく記してくれ。私達は目を覚ます必要がある」 甘いものは好きかと訊ねられ、返事をするまでもなくニコリと微笑むと再び従者を呼び出した。 従者の手元には甘い砂糖菓子があった。テーブルに差し出された皿の上では甘い香りが立ち込めている。 「これは最高のものだよ。私はコーヒーと一緒でも甘いと思うけれどね」 今までにない甘さだった。 甘いものが嫌いになるのではないかと言うくらい甘い。 既に褐色、いやベージュ色になったカップの中身は逃げ道ではなくなっている。 「これから君が絵を描きに来るたびに、私は君が望むように饗すつもりだよ。 だから君も遠慮することはない。 その感情こそ君の絵に宿らせてほしいものなのだ」 #
by bookumakk
| 2020-09-05 20:00
| 創作
2020年 09月 03日
やはり喜びの中に創作意欲は沸き立たない。悲しみの中に自己を置くべきなのだ。 「それは身を亡ぼすわよ」 「知ったことか、誰しもが自分の言葉が正しいと信じ込んでいる。 言語は共有するものだ。それを我が物顔で牛耳る輩には私の言葉が伝わるわけがないだろう」 「たしかに周りはあなたを変わり者というけれど、それは歴としたあなたの個性よ、だからそんなに悲観することはないわよ」 「でもね、僕を愛してくれるのは君だけだ。 でも君は僕の物ではない。君は自由であるべきだ。 だから私は君というオアシスを一人で独占する気概もない。誰かの幸せを奪うほど独善的になることはできない」 「でも、それは」 「君は既に幸せなはずだ。それを友人というくくりだけの他人のために費やすことはない。もっとも君の優しさは嬉しい。 しかし、私に対する優しさは日常の鬱憤から生まれたものだ」 「そんなことはないわ、私はただあなたのことを心配して」 「もうごめんだよ。私はこれ以上君を好きになってはいけない。 こんな偽りの幸福、いつか壊れる船にいつまでも乗れるほど勇敢じゃない」 「もう、いいわ」 「あぁ、そうだ、そうやって私に対する哀れみすら忘れてしまえ、君は君の与えられた幸福の中に戻りたまえ」 彼女は、キャメルは私の作業机の上に合鍵を置いて部屋から去っていった。 無理もない。これだけの言葉を重ねればどの女性も去っていく。 私と一緒に墓場に入る勇気など彼女にはないのだ。 彼女の感情は間違っていない。ごく一般的な感情だ。だから誰も悪くない。 「さぁ、そろそろ戻る頃だろう」 あの時の感覚が再び戻ってくる。この感覚だ。この体が重力を失うかのような、倦怠感とも解放感ともいえぬいい塩梅の、無意味な時間。 筆を手に取る。その字はあまりにも汚い。 感性が働くままにその言葉たちを連ねていく、丁寧に書くほど悠長なことはできない。 筆の動きを待っている暇はない。 この悲しみが筆を走らせる。 私はこの劇薬がなければ筆を走らせることができなくなった。 「名作家ロバルト・ハンチコック。幸福の中に埋もれた才能」 この見出しは私だけを傷つけるものではなかった。 私は優れた作家であったらしい。その自覚はない。 書きたいものを書き、そして出版社のお偉い様がたに後は任せた。 契約の内容はただ一つ。 「一語一句間違えることのないように」 印刷ミスを起こした印刷会社は、多額の賠償金を私に支払う姿勢を見せた。 そうしないと私が出版社に作品を提出しないからだと世間が騒ぎ出したからだ。 いや、正確にはあのごたごたのおかげで締め切りに関わらず作品を手掛けることができた。 彼女と出会ってから、私の作品は大きく飛躍した。 「童貞の息子に春が来たみたいだ」 どこかの評論家は私の世界観が変わったことを指摘した。 事実その通りで私は後からその評論家に手紙を書いた。 「親愛なる評論家の父へ、私の孫があなたの所へ挨拶するまでどうか健やかに」 私の愛のメッセージは彼を震わせたらしい。 その日彼は心不全で亡くなった。 私が彼女と出会ってから数日後、彼女は私に一人の女性を紹介した。 まっとうな幸せをあなたに与えたい。 それは彼女のエゴであった。 しかしながらその劇薬を欲した私は紹介してくれた女性サリーと仲良くなった。彼女はごく普通の社会人。 両親は裕福でも貧乏でもなく、今の生活が当たり前のように感じているような、どこにでもいるような普通の人だった。 そして才能は人それぞれなのだと、私を羨みながらも卑屈になることはなかった。彼女は編み物とセックスが得意だった。 それ以外はとんと普通の女性だった。 私のいう普通でない女性というのはイカれている女性のことで、それ以外は普通の女性だ。 道行く人も普通の人だ。 道行く人が私の後をついてくる。それだけのことだ。 しかし、私は彼女を非凡であるとも思わなかった。 できることなら彼女が私の幸せについて重く考えなければとさえ思った。 彼女がその特性、その性格を併せ持っていなかったなら、度重なる手紙を読まずに光熱費が節約できると笑いながら、手紙の束を暖炉に放り込むなど機転を利かせたことだろう。 しかし、彼女は私のスランプを私のせいにしなかった。 もはやあの時彼女は聞く耳を持たなかった。 息もしていなかった。私が生きろと命じてももはやそれにこたえられる状態ではなかった。 「世紀の天才ロバルト・ハンチコック。悲劇の中に何を見る」 世間は普段経験しえない出来事を経験した天才の人生論を聞きたがった。 私は皮肉にも筆を走らせた。 なぜなら私にはもはや彼女の考えが正しかったのだと証明するほかなかった。 彼女は私の才能を埋もれさせないために、人生における劇薬を自らの命をもって精製したのだ。 「天才は凡人の理解には及ばない」 誰しもが私の悲しみに共感することはなかった。 初めて私は世間の共感というものを求めた。 いままでは書きたいものを思いつくままに書いた。 けれども今は亡きサリーを失った悲しみ、彼女の清らかさ、その美しくも儚い精神と慈しみ。 自己を顧みない献身。 あらゆる言葉を用いて彼女を賛美した。 だが世間が求めている物は天才が悲劇の中で苦しむこと、幸福と不幸がどの人間にも平等に与えられていることを証明することだった。 だから私の作品は共感を呼ぶことはなく、誰かに彼女の死の意味を理解してもらうことは叶わなかった。 それから私はキャメルと不貞を働き続けた。 私は他人に理解されない苦しみを持ち込み、彼女は結婚という世間に用意された幸せを理解できない苦しみを持ち寄った。当然ベッドは深く軋んだ。 私の筆は止まった。私の筆は多くの女性の悲しみと自己を理解されない苦しみを解消するためだけの駄文になり下がった。 外に出る。薄汚い路地裏に玄関があるようなさびれた一室であった。 普通の女性ならこのような薄暗いところに一人で足を運ぶこともないだろう。いや、むしろそうであったから私たちの不貞は何の問題も起こさずにここまで続けてこられたのだろう。 「こんにちは、ロディ―社のマデリンです」 記者の女性だった。彼女の顔は前にもどこかで見たことがある。 たしかパーティー会場で私に声を掛けてきた。 「いま、私は記者としてではなく、一人のファンとしてあなたの真意が聞きたいです。なぜ世間はあなたを受け入れないのか。その理由が知りたいのではないのですか」 「記者というのは質問ばかりで、私の言葉を切り取って勝手に話を作り上げる詐欺師だと思っていたのだが、今度はどんな言葉が欲しい」 「そうじゃないです。この通り今日は何一つ書くものを持っていません。記者としては失格でしょう。カメラも持ち合わせてない」 「そういって、帰り道で筆と紙を買うのだろう」 「いいえ、おそらく私はここで座り続けるでしょう。あなたの真意を聞き入れてそれを私の中で消化するまで」 「この近くにトイレはないけれど、それでもいいのか」 「えぇ、おそらくあなたは、女性を人生の劇薬としか思っていない。 理解は同情だと思っている。 だからあんなふうに人を寄せ付けない文章を書くのでしょう。 あなたのファンだと言っていた多くの人はあなたを特別な人として見ていた。なんなら神様のように扱った。 それがいまこうしてその神々しさを失った瞬間、あなたは天才ではなく変人になり果てた」 「そうやって私の同情を買って、私とセックスがしたいだけなんじゃないのか、大体はそうなる」 「それなら私があなたの作品をダメ出ししますよ。ただの記者じゃなくて編集長になるための練習台として」 「はは、それはおもしろい」 「そのために一つ約束をしてくれませんか」 「なんだろう」 「私のために死なないこと」 「それは僕からもお願いしたい」 Fin #
by bookumakk
| 2020-09-03 20:00
| 創作
2020年 09月 02日
一足す一はニ。
そんなこと当然じゃないかという。けれどもニになってから一引くとゼロになったと思う人が多すぎる。 連絡先を交換して一。 連絡が取れなくなってマイナスニだとかなんとか。 「もとの状態に戻っただけだと思うけど」 「でもどうしてなのかが、この際知りたい」 「どうにもならないことをわざわざ悩むところが駄目なんじゃないの」 「そういうことなのかな」 「それに、せっかくこうして飲んでるわけだからさ、楽しく過ごせる人のほうがモテると思うよ」 ぐうの音もでない。そうなのだろうと頷いて彼女の話を促す。もとよりお互いに浮いた話なんてないので、この前の出来事について話すことになる。 「それであのときさ……って聞いてる」 「聞いてるよ」 「なんか上の空って感じ」 「そうかな」 「私にはそう思えるけど」 口元をひん曲げて不服を訴えかける。 「この前まで浮かれてたからそのうち傷心中になるとは思っていたけど、ここまでとはね、そんなに好みだった」 「正直ね」 「根拠はないけど、もっといい人いるよ」 根拠はないのか。でもこの励まし自体には根拠は必要なかった。 「そういうことなら、そうなんだろうな」 なぜか彼女の言葉を鵜呑みにしてしまう。 #
by bookumakk
| 2020-09-02 20:00
| 創作
2020年 09月 01日
いじけ虫のかじった葉っぱをそのままにしておくと、たちまち他の葉っぱにも悪影響が出る。
「だから君みたいにうじうじ悩んでいる人の悩みを聞くのはやめたの」 僕たちは一本の木にすがりつく木の葉だった。 それに対して彼女の方はなんて自由なのだろう。 きれいな羽を持った鳥だった。 彼女の好物は見た目の美しさに反してそのいじけ虫だった。 ただ最近では食が細くなったのか、その体は少しばかりやつれてさえ見えた。 「こういうのを食あたりって言うのかしらね」 「どうだろう。むしろいじけ虫の気に当てられたのかもしれないよ」 他の葉っぱ達は自分がいじけ虫に食べられないようにと、彼女に助けを求めている。そんな声が辺りで鳴り止まない。 風が止むと辺りは静かになった。誰も文句を言えなくなる。 彼女は羽ばたいた。 風が吹かなくても彼女は飛べる。 その術を知っている。 「君も飛んでみたらどう」 僕と枝の境目を彼女は嘴の先で器用に切り離した。 僕の体は暴れるように地面に落ちていく。 彼女が空中でアクロバティック飛行を見せつける。 風が吹いた。 僕も負けじと風に乗ってみせた。 どこまでも吹き荒れる。 風は僕の一部になっていた。 もしくは風の中の一部に僕はなっていた。 最後に地面に落ちてから、初めて空を飛んだような感覚には至れなかった。 程よい風が吹いても遠くに行くことはできなかった。 けれども風が吹けばどこへでも行ける。 小さな風も大きな風も全部が全部僕の背中を押したり引いたりした。 「随分と旅をしたのね」 彼女はあの頃の潤いを失った僕を見つけ出して声をかけてくれた。 「よかったら手伝って欲しいことがあるの」 彼女が僕をつまみ上げて運び出した先は建物の端、木に近いような高さの場所だった。 「もうすぐ子供が産まれるの」 彼女はあの頃とは違った艶めきを持っていた。 #
by bookumakk
| 2020-09-01 20:00
| 創作
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