カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
創作(82)
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
2017年 07月 10日
「家畜捜査」書き直し一回目バージョン。 言葉遣いや文章の増減を行った。 ---本文--- その島では、十数人の男女がなんの不自由もなく暮らしているらしい。 そこには同姓愛者や両性愛者など、決められた性のルールに悩む人達が集まり、各々の好きなように人を愛して暮らしている。恋人は一人だけというよりも、競争相手がいないこの島では、乱婚状態というのが正しい。 競争する必要がないため、物欲や独占欲、金銭欲に生殖意欲がない。離島という点からも、世間の通貨ではやり取りをせず、畑仕事や狩りで住民分だけの食料を確保して満足する。そして夜になると、性別という壁を取り壊し、その日の気分でパートナーを選んで夜を過ごす。
そんな夢物語を聞いた私は、その島に住むことを夢見た。そして、望んだ。 性別をとやかく言われない世界。 それはなんて望ましい世界だろう。 異常だと嫌悪感を向けられることもなく、男性を抱こうが女性を抱こうが、その光景は等しく愛で満たされ、美しい。 全ての愛が美しく、全ての愛が認められる。 桃源郷、オアシス、夢の国。 それを何と言うかは誰かに任せる。 私は日々の悲しみや苦しみを、その島を夢見ることで誤魔化し続けた。そしてついに、私のところに一通の手紙、楽園への招待状が届いた。 「あなたは全ての愛を美しいと思いますか。そう思うなら、この場所へ是非来て下さい」 手紙に添えられた写真には、よく見る景色から少し視線の逸れたところ、いたって普通の場所が写されていた。ただ、その景色は暗く、時間帯は夜なのだと告げていた。 異端者は死罪。いつしかの魔女裁判のように異性愛者以外の生き物は、人類を滅ぼすとされ、迫害が深まっていた。 それに異を唱える組織が過激なデモを起こすも、彼らは自由を得るのではなく、生殖を望まないのに人を傷つけるのだと、人々に恐怖を与えることしかできなかった。
そんな世の中で、夜の街を出歩くのは「後ろめたさを疑われても構わない」と宣言しているようなものだった。 夜の静寂の中では野良の動物以外は見えず、人一人だけの歩く姿は月よりも目立っていた。 それでもなるべく、私は目立たないように写真の場所に向かった。人の気配は当然なく、隠れるように待つ私のところへ、一つの暗闇が歩み寄ってきた。 その正体は近づくにつれて鮮明になるかと思えば、さらに闇が深まるばかりだった。フード付きの長いマントで全身が黒で揃えられた格好は、夜道で立ち止まってしまえば、深い闇が留まって見えなくなりそうだった。 「あなたは私の性別をなんだと思いますか」 性別を感じさせない声が質問を投げかける。 心地の良い夜風に小さく揺れるフードからは、まるで人間ではないような中性的な青白い肌、紫色の視線がちらりと見えた。 「なんだって構いません」 生き物に性別という概念を植え付けるのは人間の身勝手だ。現にその概念から外れた、新しい人類はあの楽園にいる。 私の答えに納得したのか、黒いフードは縦に揺れる。 「あなたの好きな人、想い人のところへ連れていってもらえませんか」 続いた質問にも、私は平然を意識して答える。 「あなたが連れていってくれるところに、その人達はいます」 紫の視線は私をじっと見つめた。 その視線はこちらをじっと見つめたまま、パーソナルスペースをゆっくりと詰めていく。そして、広げられたマントがそっと私を抱き締めた。青白い肌にしては温かい。 普通にすれば、生ぬるい温度が伝わってきた。その肌は爬虫類を思わせる感触で背筋を凍らせる。 私はそのまま意識が遠退くのを感じた。 眼が覚めればあの景色があるのだと信じて。
「これで三件目だ」 ホーイストン警部は部下のアルフェンドに資料を投げ渡した。決して、この案件を投げたという意味ではない。 「このご時世、外に出歩くのですから、おそらく被害者は」 アルフェンドは言いかけた言葉をつぐんだ。 立場的に言ってはならないと判断したからだった。 「危険を省みるだけの目的を、あの噂話が作り上げたことになる」 ホーイストン警部はその全貌にあらかた予想をつけていた。しかし、その犯人の足取りは未だ掴めずにいた。 「だとすると、次に被害者になる可能性がある人物は、まったく予想がつきませんね」 被害者になりうるのは性別や身なり、立場といった外見的なものではない。それは、異性愛者ではないといった、精神的事情を見抜けなくてはならなかった。 「こちらの立場としては、犠牲を出して犯人を捕まえるのは最終手段でありたい」 ホーイストン警部が、人の精神の自由を限定する頭の硬い人物ならば、これから被害者になりうる人物を犠牲にする方法で犯人の足取りを掴んでいたかもしれない。 「犯人は罪の意識はないだろう。おそらく、極端な正義をかざしているつもりだ」 犯人の動機は、同性愛や両性愛を人類の害として、排除すべきだという正義心から来ていると読んでいた。いわゆる時代の義賊ということになる。 「おとり捜査はできませんね。政府の犬が政府の排除したがっている存在に協力してもらうなんて」 アルフェンドは尤もなことを言った。 「そうなると、この事件は野放しにしろということになる」 国の治安を守ることが目的であるならば、迫害されている存在を殺しているとはいえ、殺人鬼を野放しにはできない。しかし、政府の下にいることを考慮すると、その殺人行為を妨害することは、政府が悪とするものを擁護することになる。 「ホーイストン警部。この件、関わらないほうがいいのでは」 どちらに転んでも立場が危うくなるならば、この件は解決できないと根をあげ、別の人物に回すのがいいとアルフェンドは提案した。 「そうかもしれないな。そしたらアルフェンド、お前はこの件から降りろ、別の仕事を用意してやる」 アルフェンドはくぐもった明るい顔を見せた。 つまりは複雑な心境だったわけである。 「そんな顔をするな、お前に初めて一人仕事を任せることになるんだ、むしろ喜べ」 ホーイストン警部はおもむろに一枚の書類を書き終えると、アルフェンドに手渡した。 「これで、お前は俺の部下じゃなくなる。この件から降りて、もっとまともな事件に関われ」 アルフェンドの不満はそこではなかった。 もちろん、まともな事件などないのだという事に関してでもない。 「私はホーイストン警部と一緒に」 「なに、仕事相手を選ぶようならまだまだ俺に甘えている証拠だ、もっと大きくなれ」 ホーイストン警部は鑑識達の中に混ざりこみ、その死体の死因を再び確認し始めた。
アルフェンドは渡された書類を眺めながら、これを上層部に持ち込むべきかどうかを考えていた。しかし、彼もまた刑事として、この事件に疑問をぶつけられずにはいられなかった。 「犯人は何を考えている」 迫害運動で萎縮した過激派は今や影を潜め、実質的にその恐怖は取り除かれた。 同性愛、両性愛に危険性はない。むしろ、偉大な人物ほど「実は」といった話は多い。 迫害運動に参加していた人たちも、それには薄々気がついているはずだ。 生殖意志はないに等しいが、立派に孤児を育てた件もある。 正義を振りかざすには相手が完全な悪でなければならない。だが、この事件の被害者達は完全な悪どころか悪ですらない。となると、自身を絶対正義とする自己陶酔の快楽犯か、偶然にも同性愛者らが三人連続で殺されたのか。 アルフェンドの推理はそこで固まってしまい、それ以上を考えることができなかった。
「アルフェンド、ちゃんと手続きは済ませたのか」 部署に戻るとホーイストン警部が彼を見つけ、その後を訊ねてきた。 「いえ、まだ気持ちの整理が」 「別に左遷じゃないさ、後ろめたさはいらない」 ホーイストンは陰りのある表情でアルフェンドの肩を叩いた。 「いえ、どうしても警部と仕事がしたいと思っていて」 アルフェンドにはホーイストン警部が憧れで、この仕事を望んだのも彼が理由だった。 となれば、一緒に仕事ができるようになったアルフェンドの喜びは、人知れぬものがある。 「この事件を追えば、最終的に職を失う。お前はまだ若い。それを背負う必要がない」 「あれから色々調べたんです」 アルフェンドは再び調査に戻るために個人調査を報告し始めた。それは、強引に調査に加わるという意思表示であった。 その熱意の込められた資料の山にホーイストンも若い頃を思い出したのか、思わず身を乗り出す。 「俺もこんな頃があったな。じゃあ、俺が当時言われたことをいってやる。簡潔に話せ」 ホーイストンも過去に大量の資料を作り上げたこともあったが、上司に一切読まれず、簡潔に話すように促された。 アルフェンドからすれば、その資料は成果物なので、見られないことには納得がいかない。しかし、上司の指示となれば、やむを得ず要約することになる。 「わかりました。ではまず、死因は刺し傷による出血多量死。ですが、その血が周囲には微量にしかない。単純に考えれば排水溝に流れたことになります。しかし、その血が流れた形跡がない」 夜になると人の気がないとはいえ、殺害現場は出店などで賑わいを見せている場所だった。 排水などの設備も、人が屈めば通れるくらいの空間があるほど十分に整っていて、ダムから流れる水は住民地区と商店地区では別になっている。 「現場は勾配の下だ、死体発見前に準備をしている出店があれば十分な水量はあるだろう」 現実的に考えればそうなる。 「もしかしたら、いや、こんなことをいったら、それこそ左遷どころか精神病院に連れていかれるかもしれませんが」 「気にするな、頭のおかしい奴らの相手が出来るのは、頭のおかしい奴だけだ」 二人の会話を聞いていた他の刑事達も笑いを耐えるもこぼしてしまう。一番の変人と呼ばれるホーイストンのお墨付きをもらったことになるからだ。 「血を集めているんですよ、犯人は」 アルフェンドは前歯を剥き出しにして吸血鬼の真似をした。 「吸血鬼は馬鹿馬鹿しいが、その論点はなかなかだ。そうすると、狂った科学者に目をつけるか」 一蹴するホーイストンに続いてヤジが飛んでくる。 「殺人鬼も刑事も、科学者もみんな狂っているだろうよ」 だいぶ絞り込めたかと思えたものの、イカれ科学者を絞り込むのも中々難しい。 「同性愛などの遺伝性を研究している男がいます。その男について調べたいと思っています」 「わかった、お前に任せる」 ホーイストンの言葉にうたれ、アルフェンドはすぐに、蹴り飛ばす勢いでデスクを後にした。
「ニルベナ博士は人間の遺伝子と精神構成の関わりを研究なさっていると聞いています」 「私は彼らに異性愛者としての幸せを見つけさせてやりたい」 ニルベナ博士はまさか自分が先日の事件で疑われているとは知らず、訪ね人は研究に興味を示す同胞だと思っていたらしい。 「博士の研究には血が必要ですよね」 「そうだな、遺伝子情報を得るために必要になることもある。だが、管理が手間で、その上、異端者の血を集めると変人だと思われてしまう」 十分にこの人は変人だとアルフェンドは一人で頷く。下手に怪しまれないよう、会話ついでに見渡すも袋詰めにされた血を見つけることはできなかった。 「もしかしたら、殺害された方の血がなんらかの形でこちらに届いているかもしれません。そうしたら、そのルートを辿って犯人の手がかりにしたい」 アルフェンドは包み隠さず話したつもりだったが、博士はどこか疑惑か疑問を抱いているようでもあった。いや、もともと首が傾いている人なのかもしれない。 「血なら検査したあとに売り飛ばしている。だが、あの受取人、不気味だからな、あまり関わりたくはない」 アルフェンドはその人物の特徴を出来る限り事細かく記録したが、思い当たる節はなかった。
「ホーイストン警部、どうでしょう」 ニルベナ博士とのやり取りを報告し、その人物の特徴を話してみたが、ホーイストンも首を傾げた。 「まず、顔を隠していることが問題だ。そうなれば普段は何食わぬ顔で歩き回れる」 フードを被って血の受け渡しを行っていると聞いたときは、ますます怪しいとアルフェンドも思ったが、あくまでもこの人物は闇商人でしかない。 本来知りたいのはその先で、その闇商人に血を売り飛ばす人物の足取りを掴みたい。 近づいているようでありながら、未だに別の角度から事件を見ているだけに過ぎなかった。 「ニルベナ博士との接触は今後とも必要だろう。ゆくゆくは闇商人を捕まえる餌になる」 ホーイストンは少し熱くなっていたが、すぐに落ち着き「引き続きよろしく頼む」とアルフェンドに告げた。それを言われたアルフェンドの疲労は簡単に吹き飛んでいき、再び調査へと足を運ぶことになる。 「血を扱うとなれば、研究者、あとは、医者か」 病院を当たるにしても、何の確証もなしに入っても意味がない。 とりあえず、ニルベナ博士に同じ研究をしている人物を挙げてもらう予定だった。 「あっ、アルフェンドさん」 研究室へ足を運ぶと、前回訪ねたときにお茶を出してくれた学生が、横になっているニルベナ博士の隣に静かに座り込んでいた。 「どうした、なにがあった」 「そ、それが、死んでいるんです」 真っ先に学生を疑うべきか悩んだが、狼狽える姿からその可能性は潰し、アルフェンドはすぐさま応援を呼んだ。しばらくしてホーイストン警部と鑑識の面々が研究室に集まった。 「これは、何かがバレないように殺したのか」 「だとしたら、ニルベナ博士の言っていた人物はますます怪しくなりますね」 「あぁ、闇商人としては上出来だろうな、口封じと採血を同時に行ったわけだ」 「あ、あの」 不幸にも現場に出くわした学生が、アルフェンド達の間に入り込んだ。有力な目撃者として誰も彼を邪険にはせず、その言葉に耳を傾けた。 「実は、ニルベナ博士も同性愛者で、この研究で人間の不具合を治すのだといつも言っていました。僕もそれを知った上で、その夢の手助けをしたいと、だから」 泣き崩れ出した学生のそれは演技ではなく、彼もまた何らかの悩みを抱えていたのだと思われる。アルフェンドは彼を慰めるために研究室の外へ連れ出した。 なにか掴みかけていただけに、今回の件で逃れられないところまで足を入れてしまったのだと感づく。 アルフェンドも気持ちが落ち着かなかったため、その場から離れるために学生を落ち着かせるなんて大義名分を掲げてしまった。それをこっそりと詫びるためにコーヒーを一杯ご馳走した。 「君は博士の言うように、それが病気だと」 博士の話をするべきではないのかと思いながらも、気持ちが事件解決へと焦っていた。 「はい。でも、周りの人には、おかしい人と関わる奴もおかしいのだと言われて」 「それなら問題ない、私たち刑事もおかしいからな」 一足先にコーヒーを飲み終えたアルフェンドは、学生に別れを告げて現場に戻った。 「もどったか、あの子は」 「帰しましたよ」 「大丈夫なのか」 アルフェンドも気持ちが緩んでいたことに気がつく。長時間の活動でコーヒーが欲しくなるときは、判断力が鈍っているときだと研修時代に言われていたのを思い出す。 「あの子があぶない」 再び研究室を飛び出したアルフェンドはあの学生の姿を探した。しかし、その学生を見つけることができなかった。 翌日もその学生を探したが、関わりたくないのか誰もそれを答えてはくれなかった。 それか、あまりに関わりがなかったので話せることがなかったのか。
「アルフェンド、次はあの子だった」 ホーイストン警部からの言葉にアルフェンドは落胆した。 犯人に近づくことで犠牲者が二人も表れた。 もしかしたら、あの学生は何かを見たのかもしれない。もっと早くそれに気がつければ。 記憶という証拠は死んでしまえば意味がない。 ナマモノのように扱えと学んだはずだった。 「どうすればいい、振り出しに戻ったぞ」 アルフェンドはデスクに戻っては突っ伏した。 目を通されなかった資料の山が、即席の寝床を窮屈にさせている。 「いや、死を無駄にしてはいけない」 それが仕事であり、認めてもらうための方法でもあり、結果的に弔いになる。 アルフェンドは再びその資料を読み漁った。 いくらか要点をあげる。 ・死体は血を抜き取られている。 ・血は精神的な恋愛感情を正すと研究されていた。 ・犯人に近づくと人が死んだ。 ・フードの人物(闇商人)が血を転売している。 ・血を必要とする人物がいる。
小説を読み漁った学生時代が思考の片隅をよぎる。もし仮に、もし仮にだが、犯人が吸血鬼なら、同性愛者だけを狙う理由がない。 ここまで表沙汰にするくらいなら無差別に殺人を行っても問題ないはずだ。 思考を本筋に戻してみても、博士は犯人と何らかの関係があったと思われる。 あの学生は同性愛者とは言ってなかった。 ただ、同性愛者を理解しようとしていた。また、それはある種の病気だと認識していた。 果たしてそうだろうか。 異端者を庇えば異端者と見なす。 その考えからすれば、犯人は同性愛者に対してひどく拒絶反応を起こしている。 もし、研究がうまくいけば、世の中から同性愛者たちは異性愛者になりえただろうか。 なぜ研究の邪魔をしたのか。 いや、研究の工程において利害が一致していたからこそ、闇商人は血を転売していた。 そもそも闇商人は博士以外と血のやり取りをしていたのだろうか。 「犯人をあぶり出せるかもしれない」 とはいえ、その方法を行って、その事件を解決してもしなくても、自分の立場は無くなることは明白だった。なら、果たして何のために犯人を捕まえるのか。 「やはり刑事は頭がおかしい」 アルフェンドは自虐的に笑った。
「研究の本当の目的がわかったために、共犯だった博士は殺されたと」 アルフェンドはホーイストン警部にその考えを伝えているところだった。 「おそらく、博士の本当の目的は誰もが同性愛者や両性愛者になることを望んでいたんです。 自分が間違っているなんて、誰もが思わない。だからこそ、自分以外の全てを変えてしまえばいいと考えた。しかし、同性両性愛者の世界を作るだなんていえば、真っ先に異端者扱いされてしまう」 これはもはやアルフェンドの妄想でしかないとすればそれまでだが、おかしい話をするのは刑事の性だと言ったのは、仮説を聴いているホーイストン自身なので、それを止めはしなかった。 「なら、殺人鬼と博士はお互いの関係が変わったことになる。殺人鬼は異性愛者だけの世界を作ろうとした。そのために異端者を殺して、その血の一部を研究のために渡していた。だが裏切られ、罪だけ擦り付けられたから殺した。そして、その場にいた学生にまで手をかけたのは、犯人の目的をぼかすためか、研究を引き継がれないようするため」 ホーイストンはうなずきながら、話の合間でコーヒーを喉に流す。 「もうひとつは、学生を追わせることであの現場に一人きりになる状況を作ろうとした。私がもう一度帰ってくるときに鑑識は誰一人いなかった」 カタンとコーヒーカップが置かれたのは飲み終えたからではなかった。 「つまり、私がそうだと」 ホーイストンは驚いた顔を見せた。だが、証拠が知りたくて仕方がないといった具合で、 話の続きを催促するのだった。 「でも、証拠は何一つないんです。私の腕じゃ、警部の足元にも及ばない。だから、ここで一つ言いたいことがあります」 アルフェンドは照れ隠しをするために深呼吸をしたあと、ゴクリと唾を飲み込んだ。 「私はホーイストン警部を愛しています。尊敬する人としてだけでなく、一人の人として、愛しています。あなたを抱き締めたい」 「そんなことをいっていると」 突然の告白にホーイストンは目を瞑る。 そして、鼻から深く息を漏らす。そして再び残っていたコーヒーを口に運ぶ。飲み終えたカップを置き去りに、ホーイストンは立ち上がる。 「少し、休んだほうがいいんじゃないか」 長話にひどく疲れたといい、ホーイストンはその場から離れた。 「いくらなんでも頭がおかしすぎる」 他の刑事に宥められ、アルフェンドは小さくなる。 政府の犬である存在に異端者がいる。これが表沙汰になると、組織の立場も危ういものになる。何かの冗談ではないかと皆が取り囲むなかアルフェンドは叫ぶ。 「俺を拘束してくれ」 アルフェンドは自ら留置場に入ることを望んだ。
「おまえは、ホーイストン警部の信頼を裏切ったことになるぞ」 同僚が鉄格子の向こう側でアルフェンドの行いを戒めるも、それが目的だったアルフェンドは聞く耳も持たずに進めていた筆を置いた。 「この手紙をホーイストン警部に」 「最後の情けだぞ」 過労でついに頭がおかしくなったアルフェンドに同情をしたのか、同僚は頷き「確かに渡す」と去っていった。それからしばらく、アルフェンドは眠れない時間を過ごした。 体を張る捜査よりも緊張が高鳴り、いつまでも心臓の音が聞こえる。 「眠るわけにはいかない」 時折様子を見に来る同僚からコーヒーをもらい、来るべきときのために眠気との戦いを繰り広げていた。 「ホーイストン警部が見えるぞ」 声がかかると留置場の冷たいコンクリートに革靴の当たる音が響いた。 次第に緊張感がコンマ刻みで心臓を動かす。そして、鉄格子越しに二人きりになった。 「アルフェンド、あの手紙は本当にそうなのか」 ホーイストンの右手に握りつぶされた手紙の中身はこうだった。 「あなたへの愛は本物です。そして、あなたが吸血鬼であることを見抜きました」 それは妄言がふんだんに込められたラブレターだった。 「おまえは異端者だと認めるのか」 「はい。そして、あなたはこの事件の犯人だと認める衝動に襲われる」 ホーイストンはギラリと紫色の視線をアルフェンドに向けた。 「ホーイストン警部、そろそろ肌が乾いてくる頃かと」 スーツから出ている首元から、顔の皮膚が爬虫類のそれを思わせるように乾燥していた。 「なぜそう思った」 喉をかきむしるような素振りを見せてホーイストンは大きく口を開けた。 「証拠を隠せる立場にいるのはホーイストン警部だけ。そして、この事件から私を遠ざけようとしたのは、事件解決後の我が身を案じない無鉄砲な性格を恐れたからだ」 矛盾した解決後に恐れをなして担当から外れていく刑事が多ければ多いほど、ホーイストンはこの事件に唯一関わっている刑事として立場が強くなる。そうすれば、証拠の隠蔽も行いやすくなる。 「まぁいい、どうせなら話をしよう」 ホーイストンは喉の乾きに苦しそうにしながら語る。 「ニルベナ博士は私の良き理解者であった。無差別に人殺しを行わずに、意味のある殺人行為を提示してくれた」 人間は繁殖する。そして、その人間は食べるために生き物を繁殖させる。 牛、豚、鳥、魚、野菜等々。 ならば、吸血鬼もまた、食べるために生き物を繁殖させる。 吸血鬼は人間を繁殖させることを考える。 自身には繁殖することは望まない。 なぜなら、血を飲む存在が増えれば、飲むことのできる量が減るためだ。そんな吸血鬼が人間を繁殖させるに当たって、障害だと思うものは、生殖意思のない人間の登場だった。 これ以上子供の産めない牛が食肉として扱われるように、吸血鬼もまた生殖意思のない人間の血を吸った。 「しかし、それを提案した博士は、私にとって不利な研究を始めた」 それは、人類の誰もが性別を気にせず人を愛せる世界を目論むものだった。 それこそ、異端者を呼び出すための口実だった。 「それから博士は私に殺してもいい相手を教えてくれなくなった。それから私は喉の乾きに苦しんだ」 「ホーイストン」 鉄格子の鍵はすでに開けられていた。 アルフェンドに正体を明かしたといえど、ホーイストンは未だに警部の立場がある。 「お前がここで死んでも、私の言うことを聞く人間は大勢いる。お前は捕食の対象となって私を誘い出したつもりかもしれないが、殺されても仕方ないと思われる存在になったことに気がついているか」 立場と世間体からすれば、アルフェンドの言葉を信じる人はいないに等しい。異端者が精神的な疾患を患っていた。そう記せばそれで世間は落ち着く。 「ホーイストン警部」 見慣れた顔が鉄格子の外から別の鍵を閉める。 「なにをしているんだ」 「いえ、アルフェンドがこうしろと」 紫の視線がアルフェンドの同僚を睨み付ける。 すると、その同僚は何も聞かなかったのだと言わんばかりに黙って立ち去った。 「もし、ホーイストン警部が無実ならば、ここで一週間過ごしてください」 アルフェンドは計画とは違って勝手に立ち去る同僚の行動に驚きながらも、選択を迫った。 無実を示すために、死にそうなくらいに乾いている喉の痛みに耐えるか。 罪を認めてでもアルフェンドを殺し、喉を潤わせるか。 どちらにせよ、このまま閉じ込められていては死ぬことに変わりはなかった。
三日目。 アルフェンドの仮説はおそらくホーイストンを苦しませている。人間にとって人間は食べ物じゃない。その倫理観は、長年人間の中で生活してきた吸血鬼にとっても、計画的な捕食と擬態として常識になっていた。 繁殖させなくては食べ物がなくなる。 その前提がホーイストン自身の吸血行動を抑制している。しかし、食べても問題がない例外の存在を知ってしまってからは、我慢が利かなくなるはずだ。餌を前にして我慢するなど、生死に関われば無理な話のはずだ。 アルフェンドとは対角線上に座り込んでいるホーイストンは、生唾を飲み込むことで我慢していた。しかし、そこには死に対する恐怖はみられなかった。
「おい、アルフェンド、お前の妄想には付き合えなそうだ」 四日目の正午、とある学校の生徒がクラスメイト全員を殺害したと知らせが入った。 アルフェンドはその生徒の名前を聞くなり、ホーイストンを睨み付けた。それに対してホーイストンは微笑む。 「あの子だとは言ったが」 被害者の名前を言わなかったことでアルフェンドは騙されていた。 「生き残ったのは、あの研究室にいた学生だ。しかも、死体は全員刺し傷があるものの血が残ってない」 同僚からの伝言に冷や汗が落ちる。 「どうする、この事件、解決するなら一時停戦といこうか」 ホーイストンは体を起こすと鍵を開けるように催促した。言うなれば、ホーイストンがアルフェンドの妄言を許せば、アルフェンドの立場は現状維持になる。アルフェンドの決死の作戦は泡となって消えることになった。
「ひどい現場だ」 ホーイストンの言葉にアルフェンドは睨みを利かせた。 「どの立場でそれを言うのか」 「捕食の仕方がなってない。無計画な補食は人間の繁殖を妨げる」 ホーイストンは怒りを露にしていた。 「警部、今回ばかりはあなたの手を借りなくてはならないと思っています」 「もちろんだ、人間に吸血鬼を狩ることはできない。家畜が人間を殺せないようにな」 ホーイストンは自らの存在を、アルフェンドに隠すつもりは、もはやなかった。その態度には、人間には捕まらないという吸血鬼としての自信がみえた。そして、アルフェンドはその事実を認めざるを得なかった。 「あの学生の名前は、ギジリーと言ったな。吸血鬼としては未熟だが、人間を出し抜くくらいにはできるようだ」 あの学生ギジリーは、除け者の可哀想な生徒に見えた。だが、疑惑の目をホーイストンに移すだけの知恵は持っていた。全てにおいてアルフェンドはあの学生に劣っていた。 「だが、アルフェンド、自信を持て、妄言癖しか人外を捕らえることはできないのだからな」 嘲笑うホーイストンは本職を全うし、ちゃくちゃくとギジリーの痕跡を見つけ、捜査網を敷き詰めた。 「シナリオはこうだ、虐められっ子のギジリーは我慢ができずクラスメイトを皆殺しにした」 「吸血鬼」という事実を知らなければ、生徒の一人が虐めによってヤキを起こしたことになる。 「アルフェンド、私を閉じ込めるまではよかったが、一つ勘違いしていることがある。吸血鬼は血が飲めなくても死にはしない。喉が乾くだけだ」
捜査網に引っかかったという情報が入ると、ホーイストンはアルフェンドを連れて全く違うところへ足を運んだ。 「包囲網に引っ掛かったのは街の南にあるダムだ。こっちじゃない」 アルフェンドの指摘に応じる様子もなく、ホーイストンはただ歩く。ホーイストンを捕まえる機会を伺うアルフェンドは、それに従う他なかった。 「未熟なギジリー」 ホーイストンが誰もいないレンガの壁に囲まれた路地裏へ、甘い声を投げ掛ける。 その路地裏には、ここ数日、雨も降っていないのに水溜まりができていた。 「おまえに餌を持ってきた」 アルフェンドが身構えるよりも早く、ホーイストンはアルフェンドの首を掴み、持ち上げた。 「おい、ホーイストン」 苦しみながらやっとでた声は、ホーイストンには届いていない。もがくにも力が入らないアルフェンドは、路地裏からこちらに飛びかかるギジリーの姿を認識できるなり、死を覚悟して目を閉じた。
「クソッ、人間に感化された吸血鬼なんかに」 ギジリーの声に気づくと、アルフェンドは背中に強く痛みを感じながら目を開ける。 物凄い力で投げられたのか、五十メートルほど遠くには、先ほどアルフェンドがいたはずのところにギジリーが首を捕まれてもがいていた。 「子供には躾が必要だが、さすがにやりすぎだ」 ホーイストンは慣れた手つきで首もとに刃物を刺すと、そこから血を吸い上げた。 みるみるうちにギジリーの血の気は涸れていき、やがてその命は果てた。
「クラスメイト大量殺害事件を起こしたギジリー少年は追い込まれるなり、街のダムに飛び込み死亡。下流に流れ着いた少年の死体をホーイストン警部とその部下アルフェンドが拾い上げた」 新聞の記事を読み上げるアルフェンドに対して、ホーイストンはご満悦だった。 「一体誰が飛び込む姿を見たんだ」 アルフェンドの疑問はつきない。 「彼は本当に飛び降りた。そして、その下流から、最も人気の少ない路地裏に逃げ込んだというわけだ。あれだけの血を吸えば身を隠す魔術くらい使えるだろう。そのおかげで死因を作ることができた」 ホーイストンは吸血鬼が簡単には死なないという条件を利用し、さらには人間であるアルフェンドを餌と呼ぶことで仲間だと思わせた。そして、いつものように殺し、あたかも水死体を拾ったかのように仕立てあげた。 「ギジリーが殺したのは生徒たちだけか」 アルフェンドは同一犯であることを疑った。しかし、その答えは違う。 「あの三人はギジリーじゃないが、全てをギジリーの仕業にしておいた。しかし、あの三人は段取りが格別だった」 自慢げに語るホーイストン。 それを睨むアルフェンドだったが、この男は何一つ証拠を残さなかった。 「アルフェンド、お前は同性愛者だと偽りのカミングアウトをし、さらには私が犯人だと言ったな」 掘り返すようにホーイストンは睨んでいたアルフェンドに微笑みかける。 「私を捕まえるならもっと工夫をしろ。それと」 「それと」 相手が犯行を認めておきながら、捕まえることができないもどかしさに唸るアルフェンドはオウム返しをするしかない。 「妄言癖の刑事が退職させられないのは、私のお陰だということを忘れるなよ」 ホーイストンは、裸の女性が写った雑誌をアルフェンドに投げ渡した。 第一部、終 ---------- 継続作品。 小説「三角は一つの線に」 恋愛 小説「斑の夢」5/8~ ファンタジー ----------- 完結作品。「タイトル」ジャンル 超短編小説「店番のあの子」 恋愛 店先で店番をするあの子。恥ずかしさで遠目にしか見れない少年は彼女のことをよく知らない。 超短編「虹を追いかけて迷子になった子供」改訂版 動物 飼う時から、家族として受け入れる時からわかっている短い命の家族。それでも、その出会いは何物にも代えられない。 超短編小説「傘女と小雨坊」人情 梅雨の時期、傘女になった母親に捨てられた子供は、その仕草から小雨坊と呼ばれていた。 小説「カメラのレンズに桜が舞って」 家族 「白い手袋のピアニスト」 習い事 「オオカミのボロネーゼ」 家族、友達 「半分の夢」 シンガーソングライター 椿裕加里さんを題材にした創作小説。 ------------ 声劇団SHI'STUDIOの皆様にご協力いただき、 ボイスドラマを作りました。是非聞いてください。 (dropboxからDL推奨。今後は動画サイトへの投稿を予定。二作目の完成間近) 「山芋ウナギ」 私がとってもハマっている「ハンバーガーショップb1」の記事 小説以外に、 ペンギンを始めとした動物、草花などの自然について写真を撮ったりしながら記事を書いてます。 もし良かったら覗いてみてください。 勝手にアーティスト紹介コーナー
by bookumakk
| 2017-07-10 20:02
| 創作
|
ファン申請 |
||